伝統破壊は恩讐の彼方に
菊池寛の短編小説に「恩讐の彼方に」があります。親の敵(かたき)と協力して洞門を開き、敵討の非人間性を批判し,人間の情の高さを描いたものですが。歌舞伎の世界で 二代目市川猿之助が上演して好評を博したそうです。
その二代目市川猿之助の長男の三代目市川猿之助さんと女優の浜木綿子さんが辛い過去を「恩讐の彼方に」45年ぶりに対面したそうです。
それは、「六月大歌舞伎」(新橋演舞場)で、長男の香川照之さんが九代目市川中車を、そして孫の政明君が五代目市川團子を襲名し、歌舞伎俳優としてデビューしますが、その初舞台へ向けての稽古場に孫の政明君を車で送り迎えした時に猿之助さんとの再会が実現したそうです。
浜さんはその場面を振り返り、
「(猿之助に)『しばらくでした』って言っちゃったんです」とサバサバと告白。
猿之助は「このように照之を立派に育ててくれてありがとう」と感謝し「育てるの大変でしたでしょう」と浜をねぎらったという。
「はい、大変でした」と答えたという浜は「こんなに自然にお会いできるのかと思いました」と1968年に離婚した元夫との再会を明るい口調で明かした。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2012/06/05/kiji/K20120605003400260.html
まぁ、女手一つで東大にまで入学させ俳優としても確固たる地位を築かせた訳ですからネ、それくらい言っても良いでしょうネ。
で、御当人たちは過去の確執を「恩讐の彼方に」無事歌舞伎の名門の澤瀉屋(おもだかや)の五代目 市川團子を襲名しますが
所謂“コネ”で中途採用で名前を継ぎ、しかもドラマの俳優業も継続するさまを見つめる、澤瀉屋ファミリー以外は面白くないでしょうナ。
ネットで拾った話ですが、ドラマ俳優として名を挙げた香川照之親子を引き入れる事は歌舞伎ファンの幅を広げることに成るので、結果的に歌舞伎界の発展に繋がるので皆が得をする話だよと説得されたらしいです。
う~ん、歌舞伎界公認での途中入社を認めた事、つまり世襲制度に守られた縁故の大抜擢は内部での不満たるや凄まじいでしょうナ
ただ、名門成田屋の御曹司が夜中に飲み屋で泥酔してケンカバトルを繰り広げ、大怪我を負わしても (破門等では無く)お咎め無しで芝居を続けていますが、そんなやくざな人間でも、歌舞伎は出来ますのでネ。
伝統はもう破壊されているかも知れませんが。
因みに香川照之さんは市川中車を襲名しましたが、香川さんに声をかけるときは立花屋なんですかね??
おまけの話
昨日は大方の予想通りに水道橋に移籍した銭内くんに軽くひねられましたナ。心の奥底で滅多打ちにしたあのオープン戦の再来を期待しましたが^^;
この人は浪花に行った自称スーパーキャッチャー同様「恩讐の彼方に」には出来そうにありません…。
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