文化・芸術

2012年6月 6日 (水)

伝統破壊は恩讐の彼方に

菊池寛の短編小説に「恩讐の彼方に」があります。親の敵(かたき)と協力して洞門を開き、敵討の非人間性を批判し,人間の情の高さを描いたものですが。歌舞伎の世界で 二代目市川猿之助が上演して好評を博したそうです。
その二代目市川猿之助の長男の三代目市川猿之助さんと女優の浜木綿子さんが辛い過去を「恩讐の彼方に」45年ぶりに対面したそうです。
それは、「六月大歌舞伎」(新橋演舞場)で、長男の香川照之さんが九代目市川中車を、そして孫の政明君が五代目市川團子を襲名し、歌舞伎俳優としてデビューしますが、その初舞台へ向けての稽古場に孫の政明君を車で送り迎えした時に猿之助さんとの再会が実現したそうです。
浜さんはその場面を振り返り、
「(猿之助に)『しばらくでした』って言っちゃったんです」とサバサバと告白。
猿之助は「このように照之を立派に育ててくれてありがとう」と感謝し「育てるの大変でしたでしょう」と浜をねぎらったという。
「はい、大変でした」と答えたという浜は「こんなに自然にお会いできるのかと思いました」と1968年に離婚した元夫との再会を明るい口調で明かした。

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2012/06/05/kiji/K20120605003400260.html

まぁ、女手一つで東大にまで入学させ俳優としても確固たる地位を築かせた訳ですからネ、それくらい言っても良いでしょうネ。
で、御当人たちは過去の確執を「恩讐の彼方に」無事歌舞伎の名門の澤瀉屋(おもだかや)の五代目 市川團子を襲名しますが 
所謂“コネ”で中途採用で名前を継ぎ、しかもドラマの俳優業も継続するさまを見つめる、澤瀉屋ファミリー以外は面白くないでしょうナ。
ネットで拾った話ですが、ドラマ俳優として名を挙げた香川照之親子を引き入れる事は歌舞伎ファンの幅を広げることに成るので、結果的に歌舞伎界の発展に繋がるので皆が得をする話だよと説得されたらしいです。
う~ん、歌舞伎界公認での途中入社を認めた事、つまり世襲制度に守られた縁故の大抜擢は内部での不満たるや凄まじいでしょうナ

ただ、名門成田屋の御曹司が夜中に飲み屋で泥酔してケンカバトルを繰り広げ、大怪我を負わしても (破門等では無く)お咎め無しで芝居を続けていますが、そんなやくざな人間でも、歌舞伎は出来ますのでネ。
伝統はもう破壊されているかも知れませんが。

因みに香川照之さんは市川中車を襲名しましたが、香川さんに声をかけるときは立花屋なんですかね??

おまけの話
昨日は大方の予想通りに水道橋に移籍した銭内くんに軽くひねられましたナ。心の奥底で滅多打ちにしたあのオープン戦の再来を期待しましたが^^;
この人は浪花に行った自称スーパーキャッチャー同様「恩讐の彼方に」には出来そうにありません…。

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2009年9月24日 (木)

シルバーウィークその2

連休最終日の23目はひろしま美術館で開催中の『白樺』誕生100年 白樺派の愛した美術展に行ってきました。簡単に言えば 大正時代の文芸雑誌『白樺』誌上に挿絵や裏表紙等で紹介したり、西洋画家や彫刻家の作品の展覧会を主催するなどした事で知られています。なんでもゴッホ、セザンヌ、ロダンなどは、「白樺」がはじめて本格的に紹介した作家達だったそうです。

以前当ブログで少し触れましたが、
http://45net.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-8bde.html
展示されていた 当時の写真を見るといかにも良家のおぼちゃま達のサークルと言う雰囲気で 文化・芸術的に秀でるには才能と環境と財力が必要なのを思い知らされる展示でした。

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尚、庶民派の我が家では帰りにアニメイトに立ち寄り連休の最後をサブカルチャーで〆ました

白樺派
大正デモクラシーなど自由主義の空気を背景に人間の生命を高らかに謳い、理想主義・人道主義・個人主義的な作品を制作した。人間肯定を指向し、自然主義にかわって大正時代の文学の中心となった。1910年刊行の雑誌『白樺』を中心として活動した。学習院の学生で顔見知りの十数人が、1908年から月2円を拠出し、雑誌刊行の準備を整えたという。白樺派の主な同人には、作家では武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、木下利玄、里見弴、柳宗悦、郡虎彦の他、画家では中川一政、梅原龍三郎、雑誌『白樺』創刊号の装幀も手がけた美術史家の児島喜久雄らがいる。武者小路は思想的な中心人物であったと考えられている。多くは学習院出身の上流階級に属する作家たちで、幼いころからの知人も多く互いに影響を与えあっていた。

おまけの話
ここに来て5カード連続の負け越しは痛すぎる感じです。ハムがダルの離脱以降もたついていただけに勿体なかったですナ。しかも下(イーグルス)1ゲームと迫られてきていますゾ。それにしても23日の負け試合 3点差の8回ノーアウト1,2塁で松田にバントはどうなの??って感じなんですけど。6回ノーアウト1塁で代打荒金で強行さした人と同じ人の采配とは思えないです ロッテに3つの負け越しはネ、ロッテは対ハムに11負け越してるだけにね。下位チームの取りこぼしは命取りの典型ですナ。それにしてもファンに支持されてる監督が解任決定で尚且つ4位に大きく差を開けられた5位なのに事実上消化試合に勝っただけで あれ程ハシャげる ロッテファンが羨ましいですワ。

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2009年9月22日 (火)

シルバーウィーク

連休前半は仕事とだらだらとして体を休めておりました。
4日目の22日は県立美術館で開催中のロシア国立トレチャコフ美術館展に行ってきました。19世紀後半から20世紀初頭の「移動展派」と呼ばれた38人の画家の75点の展示されていました。写実の肖像画でならした画家の作品なのか、生きているような表情の作品から徐々に印象派的な作品にロシアの大自然と絡ませながら変化している様子が良く分かる展示でした。全て素晴らしかったですけど、イワン・クラムスコイの「忘れえぬ女」は素人の私でも感じたぐらい桁違いの迫力でしたネ。ロシアのモナリザと云われるのが良くわかりました。ロシアと言えばエルミタージュなので最初はまぁ 二流カナァなんて思っていましたが、迫力ある作品ばかりでした。2009922_2

県立美術館に隣接している縮景園に1周を45分ぐらいかけて散策してきました。浅野長晟の別邸で作庭者は家老で茶人の上田宗箇です。2009922_3

なんでもこの連休はシルバーウィークと銘打っているだけあって人生の先達つまり老人を敬い長寿をお祝いする週間らしいので3日目の21日は母の退院祝いをしました

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京都のお店の会席料理のお取り寄せです。
でも母の奢りなんですけどね

おまけの話
抑えの呪縛から逃れた馬原投手素晴らしいピッチングでした。ストッパーの重圧とは凄まじいものだと改めて感じました。ファルケンが抹消されたので 新ストッパーの摂津の守の負担は増えたのが心配ですナ

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2009年8月14日 (金)

不可能などという言葉はフランス語にはない らしい

まだ 元気に走り回ってるusaくんの気配が抜けない今日この頃です。ゲージを片付けていないからでしょうが・・・・。
昨日のお盆休み初日は ナポレオン展を見に行ってきました。

Napoleon09813
天気が悪かった影響か、高速も思っていた程の渋滞もなくスムーズでしたネ。ただ ナポレオンの有名な絵が(サン=ベルナール峠を越えるボナパルト)が来ていた割にはガラガラでした。ジュエリーが素晴らしく、他にもナポレオン時代の新古典主義の秀逸な100点の作品を1時間強で見て回りました。因みにこの美術館のレストランは特別展の時は内容とリンクしていて、今回ならばナポレオンの生誕の地に湧き出た発砲水のジュースとか 珍しいものがありました。
それにしても、ナポレオンは英雄だった事が良く分かる展示でした ベート-ベン以外のネ。

おまけの話
野球は7対8が一番面白いと言うけれど、13日のイーグルス戦は15点取っても楽勝ムードが無かった試合でした。初回に6点取ってもSBMの内2枚も投入しなければ勝てないとはネ。その前の日(12日)の試合は審判が酷かった。
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=npb&a=20090813-00000020-sph-base
楽天・野村監督は初回2死満塁で、多村の遊ゴロが二塁に送球され、アウトと判定されたことを振り返り、無失点でピンチを脱出できたことを素直に喜んだ。「今日のヒーローは(二塁塁審の)佐藤審判員。あれは誰が見てもセーフ」と勝負を分けた判定に苦笑いだった。
佐藤審判員は猛省して欲しい。

尚、ソフトバンクは13日、楽天戦(12日、Kスタ宮城)の二塁塁審の判定を不服とし、日本プロ野球組織の加藤良三コミッショナーへ意見書を郵送とファクスで提出した。

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2009年8月 7日 (金)

実は昔からそうだった

昨年実施した全国学力テストの公立小6年生の結果について追加調査した文部科学省の専門家会議は4日、保護者の年収が高い世帯ほど子供の学力が高いとする調査結果を報告した。年収1200万円以上では国語、算数とも正答率が平均より8~10ポイント高く、200万円未満は逆に10ポイント以上低かった。所得の高低により算数(B問題)で最大23ポイントの差が開いた。

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090805/trd0908050619000-n1.htm

なんか、セツナイですネ。
これは 最近の偏差値教育だから ではないみたいです。
有名なところでは、与謝野鉄幹はあの西本願寺の跡取り息子だし(しかも、当時女性の憧れの文学青年)その鉄幹を略奪婚した与謝野晶子は老舗のお菓子問屋の大店の娘だったそうな。
また、「働けど 働けどなお我暮らし 楽にならざり」 の石川啄木も苦しい生活の原因は娼妓と遊んだ遊興費だったのもので、(それが為の貧困であったと、金田一京助の息子である金田一春彦氏は語っている)親友でありパトロンだった金田一京助が家財を売って用立てたそうな。後に春彦氏が、当時の様子をみて幼心に石川啄木は石川五右衛門の子孫ではないか?と疑ったことがある。と語っている事から 凄まじい遊びっぷりが想像できますナ。

まぁ 文化的に過すの為に先立つものが必要なのは 今も昔も変わらないと言う事ですネ。
しかし、セツナイ・・・。

おまけの話
しかし、SBM以外は使えまへんな。それにしても、試合がほぼ決まっているとは言え、ノーアウト満塁で小久保に代打カツキは無いやろ、秋山監督

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2009年4月 1日 (水)

桜が七分咲きなのに雪が降るかも

流石に平野部には降らないと思いますが、寒気はやってくるとの事。今週末桜の写真でも撮りに行こうと思っていましたが、桜の桃色ジュウタンを撮る事になりそうですネ。

今日桃色と聞いて思い浮かぶ歌は何ですか?と尋ねられました。迷わず片思いと答えましたが(嘘)、桃色吐息と答えた方はおじさんおばさんらしいですよ。

インフルエンザが再流行(B型)したらしいので、御身ご自愛下さいませ。

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